家と人をめぐる視点

第1回

クルマに気をつけて…ではなく、家のなかが危ない?

「家と人。」編集長 加藤 大志朗

浴室内だけで1年間に
1万7000人が死亡

居間の室温は20℃前後、廊下は10℃、トイレや浴室は5℃――冬、岩手の家の大半が、こうした温度差を抱えています。暖房が効いた部屋から寒い場所に移動すると、身体がブルッ。入浴の場合は脱衣所で全裸になり、寒さに震えながら、さらに温度の低い浴室へ。寒くてたまりませんから、熱いお湯に一気に入ります。

入浴を終えると、寒い脱衣所に逆戻り。寒い廊下を通って、居間や寝室。この間に起こる血管の収縮が、脳卒中や心筋梗塞などの突然死を引き起こすヒートショックの原因とされているのはご存じの通りです。

ヒートショックに関連する入浴中の死者は年間1万7000人(2011 東京都健康長寿医療センター)と推計され、この数字は同年の交通事故死者数4611人の約4倍。転倒など家庭内事故による死者を加えると、交通事故死の10倍になるというデータもあり、実は世の中でいちばん怖いのが「家」という現実が浮き彫りになります。

毎朝、通勤・通学する家族に「クルマに気をつけてね」といって送り出すのが従来の常識でしたが、いま、いちばん気をつけなくてならないのは、家のなか。しかも、私たちの住む岩手県は、脳卒中死亡率で全国ワースト1になってしまったのです。

脳卒中死亡率全国第一位
岩手県民の予防対策とは

厚生労働省が実施している「人口動態統計」(2010年)によると、人口10万人あたりの脳卒中による死亡率は、岩手県が男性70・1人、女性37・1人でともにワースト1。全国平均の男性49・5人、女性26・9人に比べて、際立って高くなっています。

この結果を受けて、岩手県では官民一体となって脳卒中予防キャンペーンが展開されています。岩手県民の1日平均の食塩摂取量は11・8gで、全国平均より1g以上も多いそうですが、減塩や禁煙の呼びかけはあっても「住宅」あるいは「ヒートショック」などの言葉が見い出せないのはなぜでしょう。こうしたところに、ワースト1の隠れた原因があるのではないかと考えてしまいます。

ちなみに、寒さの厳しい北海道の脳卒中の死亡率は東北・甲信越より低く、男性・女性ともに東京のそれを下回っています。驚くことに、男性は沖縄県より低く、女性は大分県より死亡率が低いのです。

要因の一つに、北海道では「高断熱・高気密」で全館暖房の家が普及していることが挙げられます。屋内に「温度差」のない家は、ヒートショックを予防するだけでなく、結露やカビを防ぎ、アレルギー疾患の予防にも効果があることが知られています。

在宅介護・療養の際、厳寒期でも24時間パジャマ1枚で過ごせることは、高齢化社会には不可欠な環境ともいえます。私が30年以上も前から、日本の家の最大のバリアは「寒さと温度差」と指摘し、住宅業界に全館暖房を前提とした燃費とそれを裏付ける性能値の明示を求めてきた理由がそこにあります。

住宅の性能は数値で
裏付けを求めていく

ところが「全館暖房など、省エネに逆行する」「気密性を高めると、空気が汚れて不健康」といった声を最初に上げたのは住宅業界のほうでした。「暖かい家に住むと、子どもの根性がつかない」という意見を真顔で述べる著名な建築家もいました。

しかし、これまで1室か2室で消費していた程度、あるいはそれ以下の暖房費で40坪前後の家を全館暖房できるとしたら文句はないはず。住宅内のエネルギー消費は、(厳寒期の)24時間・全館暖房を前提として明示されるべきで、EU諸国ではすでに住宅の燃費を明示する「エネルギーパス制度」をスタートさせています。消費者は新築でも中古の家でも、全館を20℃前後に保つために消費するエネルギーを1軒ごとに知ることができるのです。

結論から申し上げると、日本でも、40坪程度の家で厳寒期に24時間・全館暖房をし、給湯・調理を含め年間光熱費が15万円〜18万円程度で済む技術は確立されています。平均的な家庭の光熱費は、夏は暑く、冬は寒いという劣悪な環境で23万円前後ですから、断熱・気密などの「性能」を高めることでの恩恵がおわかりいただけることでしょう。ただし、残念なことに、こうした技術で建築できる会社は、住宅業界の1割にも満たないのが現実なのです。

断熱性能は熱損失係数=Q値や外皮平均熱貫流率=UA値という値で表すことができ、気密性能は実測したうえで隙間相当面積=C値で示され、これらの数値により年間の灯油消費量(電化の場合は電気代)がシミュレーションできます。

クルマはすでに「燃費」で選ぶ時代ですが、日本ではまだ、住宅のエネルギー消費が曖昧にされたまま。各地でヒートショックが増産され続け、夏暑く、冬は寒い室温で推進されていく在宅介護、在宅看取…という現実があります。

家に対しての価値観が変わらない限り、日本人の暮らしがゆたかになることはない――という視点で、このシリーズを書かせていただきます。次号も、よろしくお願い申し上げます。

断熱・気密性能を上げることで、吹き抜けのある大空間でも床面と天井付近の温度差は1〜2℃。窓下には温水パネルを設置し、窓(木製サッシ+トリプルガラス)からの冷輻射を防ぐ。Q値1.0W/u・K前後という高い断熱性能は低めの室温でも快適な暖房感を得ることができる。

脱衣場にも温水パネルを設置。パネル表面の温度は25〜30℃。デザイン形状、色彩は自在で、タオル掛けも兼ねる。温熱環境のバリア、段差をなくし引き戸にするなど設計上でのバリアの解除を同時に実現することが大切である。

かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに約20カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。岩手県住宅政策懇話会委員。出版・編集を手掛ける(有)リヴァープレス社代表取締役(盛岡市)。

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