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インボイス制度への対応は万全ですか?

税理士・公認会計士 佐藤 洋平

令和5年10月より消費税のインボイス制度(適格請求書等保存方式)が始まりますが、皆さまの医院では対応方針は決まっているでしょうか。

インボイス制度は医業経営にも影響します。例えば、企業の健康診断や予防接種の受託、物販、事務所や店舗等の建物賃貸、駐車場経営などを行っている場合に影響があります。社会保険診療は非課税のため、消費税の納税義務がない「免税事業者」となっている医院も多いと思いますが、自分には関係ないと判断するのは危険です。

直前で慌てなくて済むように、今のうちに対応策について確認しておきましょう。

Q 消費税の基本的な仕組みはどのようなものでしょうか?

A 消費税は、事業者が行う商品の販売・サービスの提供(売上)に対して課税されます。消費者が事業者に支払った消費税は、事業者側から見れば一時的に預かった税金です。一方、事業者が仕入先に支払う代金にも消費税が課税されています。

事業者は、預かった消費税額(預り消費税額)から支払った消費税額(仮払消費税額)を控除した額を、国等に納税します。【図1】の例で言えば、B社は消費者から預かった預り消費税10円から、仮払消費税8円を差し引いた2円を納税します。


【図1】消費税の納税の仕組み

Q 医療機関の場合、どのようなものが課税売上となるのでしょうか?

A 事業者が行う売上には、消費税がかかるもの(課税売上)と消費税がかからないもの(非課税売上)があります。社会保険診療収入は「非課税売上」とされており、消費税がかかりません。

医療機関における「課税売上」としては、健康診断・予防接種等のほか、自費診療、差額ベッド代、文書料、物販などがあります。また、副業として事務所・店舗等の事業所用の建物賃貸、駐車場経営などを行っている場合も課税売上となります。

Q 課税事業者・免税事業者とは?

A 「課税事業者」とは、消費税の納税義務がある事業者のことです。「免税事業者」とは、消費税の納税義務のない事業者のことです。免税事業者になれるのは、基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が1000万円以下であることなど、一定の要件を満たした場合のみです。

なお、課税事業者はさらに、「本則課税」の事業者と「簡易課税」の事業者に分かれます。「本則課税」の事業者は、売上にかかる消費税額(預り消費税額)から仕入にかかる消費税(仮払消費税額)を差し引いて納税額を計算しなければなりません。この仮払消費税額を預り消費税額から差し引くことを「仕入税額控除」といい、インボイス導入後に大きく制度が変わるところです。

一方、「簡易課税」の事業者は、預り消費税額に一定の率を乗じた額をみなし仕入税額として預り消費税額から控除できるので、計算が簡単です。但し、「簡易課税」を選べるのは、基準期間の課税売上高が5000万円以下であることなど、一定の要件を満たした場合のみです。

以上をまとめると次表のようになります。皆さまはどの事業者に該当するでしょうか。

Q インボイス(適格請求書)とは?

A インボイスとは、「売手が、買手に対し正確な適用税率や消費税額等を伝えるための手段」であり、一定の事項が記載された請求書、領収書、レシートなどのことです。

記載すべき事項は【図2】のとおりです。インボイスを発行する場合は、特に①の登録番号(Tから始まる13桁の番号)、④の消費税率、⑤の消費税額など、記載漏れが無いように注意しましょう。


【図2】インボイスのイメージ

Q インボイス発行事業者登録制度とはどのようなものですか?

A インボイスを発行できるのは、インボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)に限られます。インボイス発行事業者となるためには、所轄税務署へ登録申請し、登録を受ける必要があります。なお、消費税の免税事業者はインボイスを発行できません。

インボイス制度が開始される令和5年10月1日から登録を受けるためには、原則として、令和5年3月31日までに登録申請手続を行う必要がありますので、ご注意ください。(【図3】ご参照)


【図3】インボイスの発行事業者の登録申請イメージ

※図2および図3は、国税庁の資料を加工して作成  

Q インボイス制度が始まるとどのような影響があるのですか?

A インボイス制度は、納税なき仕入税額控除を認めない制度であり、いわゆる益税問題(免税事業者が消費税相当額を売上先から受け取っているのに納税していない問題)を解消することが目的とされています。海外諸国ではインボイス制度が広く採用されています。

令和5年10月のインボイス制度開始後、「本則課税」の事業者は、必要事項が記載されたインボイス(書面または電子データ)を入手・保存しないと仕入税額控除を受けられず、消費税の納税額が増えてしまいます。

そして、重要な点ですが、インボイスを発行できるのは、課税事業者のうちインボイス発行事業者として登録した事業者のみです。「免税事業者」はインボイスを発行できません。納税していない免税事業者がインボイスを発行するのはおかしい、という考え方によるものです。

「本則課税」の事業者の立場からすれば、同じ業務(例えば社員の健康診断)を依頼するにしても、インボイスを発行できない免税事業者への依頼は控えて、適切なインボイスを発行してくれる事業者に依頼したいと考えるのではないでしょうか。

そのため、現在は免税事業者であっても、顧客に「本則課税」の事業者がいる場合はインボイス発行事業者となる(=課税事業者となる)ことを検討すべきです。

ここからは、病院・クリニックの経営を行っている事業者がインボイス制度にどのように対応すべきか解説します。

Q 「本則課税」の事業者はどう対応したらよいでしょうか?

A 今後も課税事業者である可能性が高い場合は、インボイス発行事業者として登録しておくことが得策なケースが大半だと思います。仮に、自院の収入の大半が非課税売上(社会保険診療収入)であったとしても、企業の健康診断などを依頼された際に速やかにインボイスを発行できるようにするためには、事前にインボイス発行事業者として登録しておくことが望ましいでしょう。なお、インボイス発行事業者は、事業者からの求めがあればインボイスを発行する義務を負いますが、事業者でない者(一般個人の患者など)に対してはインボイスを発行する義務はありません。

インボイス発行事業者となった場合は、自院が発行する請求書・領収書等がインボイスの要件を満たすように、必要事項(登録番号、税率、消費税額など)を記載しましょう。レセコンの改修が難しいケースでは、既存の領収書等に必要事項を手書きで追記するか、あるいはエクセル等でインボイスの要件を満たす領収書等を作成することが考えられます。

一方、課税仕入取引については、請求書・領収書等を確認し、適切なインボイスが入手されているか全件チェックする必要があり、事務負担が増大します。仕入先への確認や、経費精算などのスタッフへの教育も重要となります。なお、令和5年10月から6年間は経過措置として、免税事業者等からの課税仕入についても80%(または50%)の仕入税額控除ができる特例がありますが、特例対象取引であることを会計帳簿に記載する必要があります。

Q 「簡易課税」の事業者はどう対応したらよいでしょうか?

A 本則課税の事業者と同様に、インボイス発行事業者として登録しておくことが得策なケースが大半だと思います。

インボイス発行事業者となった場合は、自院が発行する請求書・領収書等がインボイスの要件を満たすように必要事項(登録番号、税率、消費税額など)を記載する必要があることも、本則課税事業者と同様です。

一方、仕入税額控除については、みなし仕入率を使って計算することになるため、「本則課税」の事業者のような請求書・領収書等の全件チェックは不要となります。事務負担が少なくて済む点は「簡易課税」のメリットと言えるでしょう。

Q 「免税事業者」はどう対応したらよいでしょうか?

A 免税事業者は、引き続き免税事業者を継続するのか、それともインボイス発行事業者となる(=課税事業者として納税義務を負う)のかを決めなければなりません。

自院の患者・顧客のほとんどが事業者以外であれば、あえてインボイス発行事業者となるメリットは小さいかと思われます。一方、企業からの健康診断の受託収入、事業者向けの物販収入、事務所賃貸収入などが少なからずある場合には、今後、事業者からの売上が減少するリスクを避けるためにインボイス発行事業者に移行することが考えられます。

インボイス発行事業者(=課税事業者)に移行した場合に生じる納税額のシミュレーションを行うことをお勧めします。

◆まとめ

以上のように、インボイス制度は税負担額や事務負担が増えるなど、医業経営にも様々な影響があります。まだ不透明な部分も多いですが、インボイス発行事業者の登録申請期限は令和5年3月末に迫っています。

今のうちに、税理士等の専門家にご相談することをお勧めします。


さとう ようへい (文)
Yohei Sato

税理士・公認会計士
佐藤税理士法人 代表社員
(公社)日本医業経営コンサルタント協会 岩手県支部長
医業承継・M&A、開業支援業務に多数従事

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