家と人をめぐる視点

第22回

古くて新しい「パッシブ」を最大限に利用する。

編集者 加藤 大志朗

住宅には性能を
求めない日本人

このシリーズでは、住宅の温熱環境と健康との関係を軸に話を進めてきました。一言でいうと、断熱・気密性能を向上することで極端な寒さや暑さ、結露などの問題が緩和され、平均30年といわれる先進国でも最低レベルの住宅の耐久性も伸ばすことができる、というテーマが多かったことと思います。

しかし、環境問題がこれほど深刻になった現在でも、日本の住宅の省エネレベルはEU(欧州連合)諸国と比べ30年近く遅れをとっており、それでも国はEUレベルの省エネ基準を義務化するなど、強い施策を打ち出せずにいます。

もともと日本の住宅は、自然環境と遮断する欧米の住宅とは異なり、自然環境との親和性を強く求めるのが特徴でした。700年も前の「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(吉田兼好「徒然草 第55段」)を体現したような住宅は、いまも全国各地で見掛けますし、岩手県のような寒冷地でも、冬の屋内の温度が外と変わらない建て方の家屋が現存します。

若い世代の家づくりを眺めていても、断熱や気密、窓の機能・性能、日射取得・遮蔽に興味を示す人を見掛けることはほとんどありません。

住宅業界には建築本来の技術ではなく、太陽光発電や蓄電池などの重装備な設備を多用した「ゼロ・エネルギー住宅」で成長する企業も多く、住宅に関する限り、日本はいまだ先進国の仲間入りを果たせずにいるように見えます。

自然とつながる
日本の伝統建築

断熱・気密性能が低いまま設備に頼ることでも、ゼロ・エネルギーは可能です。しかし、高価な設備コストや光熱費を負担するのは消費者。構造体を高いレベルで断熱・気密化することで設備コストは限りなくゼロに近付きますが、断熱・気密化そのものが「人工的」「自然とのつながりを遮断する」などと批判されることも少なくありません。

断熱・気密化を図ることと自然とのつながりを遮断することとは、矛盾するものではないのです。

庇や軒の長さを検討し、冬の日差しは取り入れ、夏は遮断する。防ぎ切れない日差しは庭の落葉樹などで防ぐ。この落葉樹は冬に葉を落として、日射を入れる手助けをします。戸や障子と居室の間に設けた縁側は断熱層となり、夏、開口部を開け放てば、涼しい空間に。庭の植栽は微気候を発生させ、建物に風の通路を確保することで、涼やかな風が屋内をゆっくりと通り抜けるなど、いまもなお、住宅は工夫次第で、自然や四季の変化とつながり、住む人の身体と心を支えることが十分に可能といえます。

自然の力を活用
設備は補助的に

自然環境の特性を生かし、屋内を快適にする設計手法をパッシブデザイン(passive design)といいます。

季節や地域によって異なる太陽高度や風・雨・雪の特性など、地域や立地の数だけ多様な自然環境があります。

大切なのは、設備優先の快適さの確保ではなく、パッシブデザインが前提にあること。自然環境を活用するために素材を考え、窓の位置や性能・大きさを決め、庇や軒で日射を制御し、蓄熱などの工夫をしながら空間をデザインすることこそ、設計の醍醐味といえます。

パッシブデザインの反対語が、アクティブデザイン(active design) です。太陽光発電や冷暖房設備、換気装置などの設備を組み合わせることで、省エネで快適な温熱環境を実現するデザインをいいます。

冬、室内を暖かくするために日射を確保し、レンガや石などの素材に蓄熱する(ダイレクトゲイン)、熱が逃げにくい断熱材を壁・床(基礎)・屋根などに張り巡らせ、開口部を断熱仕様にするなどはパッシブデザイン。熱の損失を防ぐ(冬)、あるいは熱を開放する(夏)ために、エネルギー消費の少ない設備を活用するのがアクティブデザイン。

パッシブとアクティブをバランスよく組み合わせ、最少限のエネルギーで快適な温熱環境を計画することで、省CO2で低コスト、ヒートショックなどを予防する健康効果も高まります。


※参照 一般社団法人 環境共生住宅推進協議会

心身状況に常に
寄り添う建築を

温熱環境は、日本建築が古くからノウハウを培ってきたパッシブデザインを前提に、それを「補う」かたちでアクティブデザインを組み合わせるのが理想です。

暑さや寒さが私たちの健康にストレスを与えるのは周知の通り。若い時代は、暑さや寒さも苦になりませんが、人は誰もが老い、ときには家族を失い、広い空間に一人で住む可能性も否定できません。

いくつになっても、明るくおしゃれな空間であり続けるのは理想ですが、身体機能が弱くなり、悲しみや孤独のさなかにいる人を支えるのもまた住宅の役割なのです。

介護が求められる状態になっても、24時間、ホテルのような快適さで過ごすことができ、年金生活になっても毎月の冷暖房コストは最小限で済み、地球環境への負荷も少ない──。古さも新しさも、自然エネルギーも最先端技術も共存できる住宅が、いまほど必要とされる時代はないようです。


かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。これまでに25カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年以上にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。出版・編集を手掛けるリヴァープレス社代表(盛岡市)。

簾(すだれ)は強い夏の日差しを遮り、屋内に風を通す伝統的なパッシブデザイン。簾の掛かる家並みが続く景観は美しく、日本の原風景でもある(京都市)。

南面の軒の出を深くすることで、太陽高度の高い夏は日射を遮蔽し、冬は太陽日射取得が可能になる。南面以外でも軒の出を深くすることで、雨や雪の日でも窓を開放することができる。デザインだけが洋風化され、軒が機能しない住宅も増えてきた。

冬期、開口部から日射を取り込み、熱容量の大きな床材や壁などの蓄熱体に熱を蓄え、夜間や曇天時に放熱させて暖房効果を得る「ダイレクトゲイン」。夏期は逆に、簾やオーニングなどで日射遮蔽を行い、蓄熱を回避する。庇や軒の出の調節で太陽高度の高い夏と高度の低い冬の日射をコントロールすることが基本。

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