家と人をめぐる視点

第7回

「仄暗さ」の愉悦。

住宅・生活誌「家と人。」編集長 加藤 大志朗

直接照明と間接照明

日本の家のほとんどは、いまも天井から白い光が燦々と降り注ぐ「直接照明」です。昭和30年代、私の育った家にも、宇宙船みたいな丸い蛍光灯が4つ付いたシャンデリア「風」の照明が、強い明るさを誇示するように天井の真ん中にぶらさがっていました。

これに対して、壁や天井に光を当て、その反射で間接的に空間を明るくするのが「間接照明」です。

直接照明は、昼間の太陽のように、私たちを活動的なモードにしてくれますが、間接照明やスタンドなどの補助照明、キャンドルの炎は、ホテルの部屋や高級レストランのように、気持ちを穏やかにしてくれます。

シャンデリア「風」の蛍光灯で、テレビばかり観ていたわけですから、気持ちが落ち着くことなどありません。それでも、裸電球一つで部屋全体を照らしていた頃と比べると、明るいこと自体が、我が家にとって革命的なことだったのでしょう。

色にも「温度」がある

欧米では、上から照らす白い光は作業用とされ、くつろぐための空間では、間接照明かスタンドなどのスポット照明で「仄暗さ」を味わう文化が根付いています。白熱電球が主体ですので、光はオレンジ色に近くなります。

明るさには「色温度」というものがあり、単位は「K(ケルビン)」で表わします。一般に照明の「昼白色蛍光灯」は5000Kで「電球色」は2700Kくらい。昼白色は正午の太陽光に近く、電球色は日没に近い色です。作業空間で、手元をはっきりと照らす昼光色は6000Kくらいで、ここまでくると涼しい青白い光になります。

かくいう日本でも、江戸時代まではロウソク(燭台)や行燈(あんどん)などによる仄かな灯りが主流でしたが、明治、大正、昭和と時代の変遷とともに電灯が広まると、夜の灯りは上から強力に床を照らすものへと変わります。

作家の谷崎潤一郎が、暮らしの中で消えつつある陰翳を嘆き、名作「陰翳礼讃」を著したのは1933年のこと。80年以上も前の日本で「漆器の美しさは燭台(しょくだい)の薄明かりの中に置いてこそ発揮される」「羊羹(ようかん)の色は暗がりの中でこそ瞑想的であり、味にも異様な深みが添わる」など、照明のみならず、能や歌舞伎、食べ物、女性の化粧に至るまで、陰翳の大切さを訴えているのです。

物体にはない「美」

「陰翳礼讃」は建築の有り様にも言及しています。雨風が障子に当たるのを防ぐために軒が必要になり、そこから「日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない」「室内へは、庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われわれの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない」など、現代の建築にも通用する多くのヒントを内包しています。

そして「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある」との結論に至るわけですが、24時間、「陰翳」が失われてしまったいまの日本を当時から予測していたかのようにも受け取ることができます。

最近は、天井からの白い光に加えて、テレビやパソコン、スマホ、LEDなどからの“ブルーライト”が氾濫しています。

私も数年前から、パソコンからのブルーライトをカットするためのフィルムやメガネを使っていますが、残念ながらどんな効果があるのかは実感できません。それでも「青い」光は「白い」蛍光灯の光に代わる「直接照明」になろうとしているのは確かなようです。

3.11の大震災から7年が経ちましたが、停電が続いたあの数日間が「懐かしい」という話を知人から聞いたことがあります。

闇の中で1本のロウソクを灯し、家族が仄かな光に包まれながら肩を寄せ合い、励まし合った夜。思い返せば、あんなふうに家族が一つになり、一人ひとりを身近に感じたことはなかった、というお話でした。

辛い思い出をお持ちの方も多いと思いますが、仄かな灯りの中で、人が少しでもやさしい気持ちになれるのなら、そのためだけに照明を考え直すのも悪くはないのかもしれません。

光源を直接見せず、床・壁・天井などに光を当て、そこから反射する間接的な光を空間に回す。空間もモノも、陰翳があるほうが美しく見える。
ただし、高齢者のいる家の深夜の寝室から廊下、トイレに至る動線上は若年者の5倍程度の明るさが必要とされる。

灯りの重心を下げると、空間の中心感が形成される。かつての日本の行燈(あんどん)がそうであったように、低い位置の仄かな光源は、茶道具を用いて茶をたてるなど、手元に意識を集中させることにも奏功した。また、わずかな灯りで深い光を湛える屏風や襖絵の金の意味や、浮世絵の陰翳のないフラットな表現が仄かな灯りのなかで際立つことなど、芸術との関係性においても影響は少なくない。

かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに約20カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。岩手県住宅政策懇話会委員。出版・編集を手掛ける(有)リヴァープレス社代表取締役(盛岡市)。

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