家と人をめぐる視点

第2回

暖房の目的は「暖める」より「寒さを除去する」こと。

「家と人。」編集長 加藤 大志朗

歴史的にも「暖房」を
経験していない日本人

都道府県別の年間平均気温を見ると、沖縄が23・4℃でもっとも高く、いちばん低いのは北海道の9・5℃。岩手県は北海道に次いで低い10・6℃ですので、少なくとも温暖地ではないことは明白です(気象庁観測部「気象庁年報」2011)。

「家の作りやうは、夏を旨(むね)とすべし」(「徒然草」)と書いたのは吉田兼好でしたが、岩手でも多くを占める開放的な家屋は、夏、涼しさは得られても、冬の寒さは我慢で乗り切るほかはありませんでした。

寒い家のなかで暖を得たのは、囲炉裏やコタツ、薪ストーブなど。これらは身体の一部で暖かさを感じようとする「採暖」で、空間=房=全体を暖める「暖房」とは異なります。

「採暖」では身体の表面は暖かく、背中は寒さを感じたまま。囲炉裏などに手をかざしても、火のあたらない背中は、冷たい空気の対流や冷え切った壁や床面からの放射で冷却され、身体全体が暖まることはありません。

血液が加熱されたり、冷却されたり、あるいは血圧の上昇下降を繰り返すことはヒートショックの原因ともなり、在宅療養や介護を阻む大きなバリアであることは、前号で述べた通り。私たちは「暖房」という言葉を日常的に使っていますが、実は有史以来、日本人は採暖文化を維持し「暖房」は経験してこなかったのです。

理想の温熱環境は
採暖との決別から

「暖房」は「空間全体を一定の温度で満たす」ことで「空間に存在する寒さを取り徐く」ことを目的とします。

快適な温熱環境をつくるためには、設備を選択する前に建物の性能を高めることが大前提です。壁や床、天井などの断熱が悪かったり(冷たかったり)、いろいろな場所から隙間風が入ってしまう構造では、どんなに性能のよい暖房設備を使っても暖まる暇がなく、大量のエネルギーを消費します。

これまでの家では、リビングや子ども部屋など、長い時間人のいる生活空間だけを暖め、使っていない部屋や廊下、トイレ、浴室は、外と同じような低い温度でした。冷たい壁やガラスは結露し、結露が原因となってカビが生え、カビをエサとするダニが発生するという悪循環が生まれます。ファンヒーターなどの開放式石油ストーブは、室内にNox(窒素化合物)などの有害物質を排出するため、空気を汚染し続けます。

目に見える部分に結露(表面結露)が認められる家の大半は、床下や天井裏、壁内にも結露(内部結露)が発生しており、それらは構造材を腐朽させ、やがては躯体全体の傷みを加速させます。

暖房効果を上げるためには、断熱・気密性能を確保し、そのうえで連続して屋内に熱を配り、その熱を蓄えることの連続で「建物を冷やさないこと」が何より大切なのです。

空気を暖めるより
建物を暖める発想

熱の伝わり方には「伝導」「対流」「放射」の3種類があります。例えば、ガスコンロでフライパンを熱すると柄まで熱くなります。これが「伝導」です。エアコンなどで風の流れを起こして暖めるのが「対流」。「放射」は「物質を介さず温度の高い方から低い方へ熱が伝わる」ことで、お日さまやストーブ、炭火からの熱などがそれに当たります。

「放射」は「輻射」ともいわれ、人間の身体や物体に吸収され、吸収されてから熱に変わります。

冷たい輻射もあります。コンクリートの壁の近くや窓際。隙間はないはずなのにヒヤッとした寒さ感じるのは冷輻射。壁や天井・窓や家具など、あらゆる場所の温度が低いために、身体から放射エネルギーとして熱が奪われ、寒く感じてしまうのです。

特に、薄い窓や壁で冷やされた空気は重く、床に向かって這うようにして流れます。この空気の流れが「コールドドラフト現象」で、室内での寒さを感じさせる大きな要因となります。

断熱・気密性能を高め、全館・24時間連続暖房で熱を溜め、屋内全体から放たれる輻射熱はお日さまに近いやわらかさです。エアコンは対流で空気を暖めますが、それでも連続運転で熱を配って屋内に熱を溜め、快適な暖房空間を創ることは可能です。

ちなみに、いまも床暖房が人気ですが、床暖房も「採暖」の手法であり、局所的にその場を暖める暖房設備といえます。断熱性の低い空間であればあるほど床暖房は快適に感じますが、皮膚に接する床面が発熱体であることを忘れてはなりません。早い話、寒い家であればあるほど、床暖房は快適に感じるわけですから、ビルダーにとっては好都合な場合もあるのです。

性能を高めた家では、どんな熱源を使用しても床面の温度はおのずと20℃前後となり、床面と吹き抜け天井部分の温度差も1〜2℃となります。熱損失係数=Q値1・0W/u・K前後の高い断熱性能を確保した家では、床暖房を採用しても低温運転で済むことから、快適な輻射環境をつくることができます。

設備はあくまでも黒子で、躯体の性能向上が大切なのです。

築40年の物件を断熱リノベーション(盛岡市)。熱損失係数=Q値1.51W/u・Kと、北海道の新築レベルの断熱性能を確保した。温水パネルを分散させて、全館暖房。土間を設け、リビングと一体化した開放的な空間でも屋内の温度差はない。

和室に配置された温水パネルは意匠的にも和の空間に溶け込んでいる。ヒートポンプで低温水をつくり、全館をくまなく暖める。パネルの温度は30℃以下なので、触れても熱くない。

日本の冬は、どの地方でもほとんどが「採暖」。
低い断熱性の家屋では、寒さのみならず結露やカビの問題もつきまとう。

かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに約20カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。岩手県住宅政策懇話会委員。出版・編集を手掛ける(有)リヴァープレス社代表取締役(盛岡市)。

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