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p0901.jpg南部鍛冶、名称の起源平泉、藤原氏、三代によって奥州の文化は華やかにして、そして大きく成し遂げられ、いまに残る日本の歴史である。この時流と政策の求めるところ、各地より工匠が招へいされた。というのも戦乱にあけくれた当時の戦没者敵味方の区別なく、その霊をなぐさめ祀ることは藤原善政のうち民意の安定と共に奥州統一平和の基として重要な政策でもあった。
すべからく寺院建立をこころざし、長い年月と莫大な金を費やしたことは充分伺えるのであるが、この寺院用具のすべては、この招かれた名工達の手によって調度され、その文化への寄与功績はいまに残るものである。
その一翼に南部鍛冶と共に鋳造分野の占める位置、また大きくあるのである。
この伝統工法、平泉文化の余韻を現代に継承すべく、南部鍛冶の名称を以って、作品を世に問うものである。



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創立
1952年10月1日(昭和27年)
代表者名 及川 和久
従業員数 11名
事業内容 ・鍛造工芸品製造、販売
・南部鉄器販売
・表面処理加工
 (各種アルマイト・硬質、潤滑アルマイト・黒染)
 (液体静電焼き付け塗装・静電粉体塗装ライン他)




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